初めまして、まずは自己紹介をします。Gypsy Tomoとして、200910月から(当時24歳)、海外で働き、ラクロスというスポーツをし、旅をし、語学留学をし、ボランティアをしたり、計36ヵ国、生活拠点5ヵ国、旅30ヵ国以上、約64ヵ月の間、生活を送り、201687日に日本国へ帰国して、今日は国内で転々として生活を送っております。

何故こおいう事、海外へと思ったのか; 理由は沢山あります。日本で住んでた24年間、この先、自分の将来に対して、『現状、この現実に不信感、』を抱いており、今のままで、日本で過ごしていても、自分自身の人間力が育たずに、埋もれていく、伸びない、成長しない、環境だと、感じてましたので、海外へ出る決断をしました。 この島国(日本国)で育つ学ぶ良さもあれば、逆に生きるという、人間らしさや、幸福が喜びが感じられない、そんな混沌とした流れが浮遊し慢性てる環境日本国に、住んでてはいけない。自分は就職して1年も経たないうちから気付き始めてましたので、現金300万円を2で用意して出国しました(平日は会社員で働き、週末は派遣バイトとキャバクラのお仕事で稼ぎました)。 もちろん、自分自身、やりたい事がなかった。それも大きいし、この先ズルズル中途半端な気持ちで就職し労働する感覚。 この与えられた環境で育った自分。色んな条件が、自分の中で揃っていたので、海外というフィールドで、もお1度、人間としての土壌から1から潤したくて出ました。そして、もお1つの理由は日本も変化して中で、日本人は海外勢に押されて衰退して行く事も感じてましたので、このままでは、日本に住んでても免疫力の向上にもならない、人間としての強さが育めない、この国で住んでる事態、時間がもったいなく強く感じてたので出て行きました。 最初に海外へと選んだ国は、ニュージーランドでした。そこでまず、語学留学兼ラクロスを習いに、プレーをしに行きました。

決心・決断は特別な事ではない。;この事に当たり、自分の中での決断。『1,自分が変わらないと意味がないと。』変わらないと感じないと帰国しても意味が無いのだと。。。当初から解っておりました(体・感覚・心の変化)。 私自身、海外で留学だけをする事だけを考えてなんて、サラサラいません。 『海外で生活を送る!!』という、日本で生活するのと同じ事をしようとしてただけです。特別な事は1つもありません。その自分の決定事項を胸に刻んで、毎日の生活を送ってました。単に『留学をする。単にスポーツだけをする。単にボランティアをする。仕事だけをする。バックパッカーして旅する。』それじゃないのです。 日本でやってる事をそのまんま、何処の国でも、行う事です。その当たり前のリズムを海外で言葉を学びながら、自炊をして、育んで行くのです。

私は、何故?こんな事をするのか。。。; もお日本という国は、次第に外国人に圧倒されて行きます。ドンドン×2国際社会へと進化して、色んな人種の人々が住む事となります。 周辺に目を向ければ外国人、英語が喋れないといけません。コミュニケーションをとれなければいけません。遠慮して、おっくうになっててもいけない。人間としての免疫力に、そして対等にやっていける強さをも持たなければいけません。自分から外へ社交的にならないといけない。余裕も持って生きて行きていけるように。そして、他国籍の方・それぞれの人種に宗教をも理解していかないといけません。(差別はしてはいけない。偏見を持ってもいけない)=(仲良く生活を送る)。そんな世の中になり、そして自分の身は自分で守っていかないといけない。タフな世の中になる。誰も国も自分を助けてくれる人はいない。その社会に成る事が解ってるからこそ、日本で甘い時間を過ごしてては、何の成長にもならないのです(自分を変えるのは難しい、だから環境を変えろ!!)。 これは全て目に見えてる事であり、迫ってくる事実である。 ヨーロッパは、色んな国籍・人種が混ざって社会が成り立ってます。日常で日ごろから、自分の周りには多国籍で様々な人種が歩いております。 ヨーロッパの人達に比べて、日本人は対人に弱く臆病。 海外へ出張に来てる日本人を見てると、ビビリすぎで集団で団子状態・・・(ダメだこりゃ)。本当に情けない。 1人の日本人として思う事は、沢山あります。 自分の事を棚に上げて、今一言、言わせてもらうと、強く逞しく、何処でも生きていけるような日本国民を育てないといけません。 それを理解してる国民は、99,9%いないと私は理解しております。 だから、私は、こおいう風にHPを持ち、体験談・メッセージ・考えを徐々に伝えて発信して行きたいと考えており作りました。 それが自分のちょっとした役割ではないかと思い始めて来ました。

教育に関して一言 ; 教育は教えてもらうばかりではなくて、『無いから自分で探す』という、自ら動いて調べて、いくことが、本当に大切です。そおいうスタイルを今後の教育に取り入れていくべきだと文部科学省も動いていただければと、First Stepとして思ってます。

夢・やりたい事を叶える ; 特に他の旅ブログを拝見してると、自由人とか、人生を自由にとか、色んな文言が書かれてます。 私は当初から、そおいう考え方は無く、正直に見たり、聞いたりする事は、好きではありません。一緒にされたくない。バックパッカーをしてて、自由人。。。。旅をしてて自由人。。。旅行に行って自由。。。。アホか!! これを、本気で格好良く思ってる人は、重度なストレスか、何処かの書物に、またセミナーで洗脳されてしまった。 本当の自由を知らない事、社会の渦に習慣に慢性的に感染してしまった人達が使う文言だと、最近は特に感じてます。 フォロワーの皆さんに問いかけます。『自由』ってなんでしょう?      私が思う『自由』とは、この上で述べた事とは、全く違います。 『自由』とは ; 創意工夫し、時には切磋琢磨して、こぶ奮闘して、醸し出し、自己を把握した上で作り出す。リアルな現況(今・この時)。それを築きあげた事を『自由』と言います。それを、沢山積み重ねて行くと、 本当の自由と感じます。『例えば;自由な空間、自由な時間、自由な仕事』それを作るのは、あなたなんですから。勘違いしないようにして下さい。(自由は来るものでない、作って行くものだから。)

私は、仕事も当たり前にします(皆さんと一緒です)。旅もします。スポーツもします。勉強もします。 ごく普通の事をして、社会に貢献して、お給料も頂いて、生活してます。その中で、楽しく生活が出来ております。 そこで自由という感覚を少なからず感じてます。 人は社会に貢献して、初めて、お給料を得て生活する(自給自足を除いて)。 そむく事は出来ません(仕える事)。 『仕事もする。趣味も行い。やりたい事を行い』=自由、そして感謝と呼べてます。 心も満たされ30数年間生きてこられて嬉しく思います。そんな現況であります。

庶民の口癖 ; 『仕事があるから無理、(ネガティブな発言で)仕事ばっか。。。』あまりポジティブなイメージで『仕事』と発言する方はいないのが事実(楽しくない、虫けら、働かされてる・・・など)。 自分が心に置いてる『仕事』の意味は、『支える事』として置いてます(ポジティヴに)。 例えば1週間のスケジュールで話しますと、平日は週40時間の仕事をして、誰かに仕えて支えます(貢献)。 夜は家族に仕えて、癒されて、笑顔が生まれて、その時間に仕えます(交流に笑顔の時間など)。 週末は趣味に運動に仕えます(自分に耽る)。 仕事だけをポイントに置くのではなく、平日40時間働き社会に仕え、趣味の時間があり、家族の時間(楽しい時間)がある。大きく把握して、『支える事』の重要な部分(パート)なんだと把握して、いただけたらと思ってます。もっと物事を大きく考えて、捕らえれたら、人生が楽しくなって行きます。

すみません。話を戻しまして、私は小さな夢・やりたい事を何個も叶えてきました。本音です。『ノルウェーへ行ってみたい、住んでみたい。』という幼少期からの夢も叶えました。オーロラも生活を送る中で、家の窓から、また仕事帰りに、ごく普通に見てました。 私は北極海に面した2500人以下の町で仕事して、生活を送れた事実。 またアマゾン川・ナイル川・ライン川、自分の中での三大RIVERを完全制覇できた事、見て、水に触りました。泳ぎもしましたアマゾン川では。ライン川では乾布摩擦を週に1度してました。それも幼少期に地図を見て覚えてた川の名前・・・・それが現実に会えたこと。嬉しい限りです。  『海外でラクロスをするんだ!!』その想いを持ちつつプレーした約4シーズン(ニュージーランド・オーストラリア・カナダ)で現地のチームに入りプレー出来た事。    ナミビアでアフリカの野生動物にも会えた事。強く思えば引き寄せられる事が感じれました。

目標を達成 ; アジアを旅する。北中米横断する。3年半の間、1度も日本に帰国せず海外で過ごす計画して、完了できた事。エベレストを見にヒマヤラベースキャンプへ行く。南米のワイナポトシ山登頂成功。ラクロスフルギアを装備して、メルボルンマラソン42,195kmを走破した事。 ノルウェーで長期戦を覚悟した上で約200件に仕事を応募して、1件だけ試用期間を頂き働けそうだったが雇っていただけなかったが、ひたすら頑張り再び雇っていただけた事。 ほぼ全て、これぞと決めた事に対して、完遂をし、心から120%満足してる結果があります。またまた来年も、再び海外へ行きますよ。

そんなこんな、Gypsy Tomoが経験してきた事、感じる事、言いたい事を、こちらのHPUPしていきたいと思っております。ながながと活字で書いても飽きてきますので、一部のくだらない写真がありますが、どんな人物か想像していただいて、これから付き合っていただけたらと思います。